栞と嘘の季節
『栞と嘘の季節』という本を読んだ。
著者は米澤穂信。
『本と鍵の季節』という連作短編小説の続きとなっている。
人が死なない日常系ミステリだが、日常系と言ったって、別にほんわかした雰囲気というわけではない。
人が死ぬことこそないものの、日常系ミステリの中ではシリアスな雰囲気の作品だ。
謎を解く探偵役は二人いる。
高校生の男子二人がそうなのだが、二人共とても高校生とは思えない程落ち着いていて、頭が切れる。
探偵役と助手、ではなく、二人共探偵役、というのもなかなか面白い。
ほんの些細なことから、おかしなことが起きていることに気づく。
主人公二人の性格や、空気感も楽しい小説だ。
今回の『栞と嘘の季節』も面白かった。
この作品もシリーズ化するのだろうか。
米澤穂信
書くことがないので、僕が好きな作家の米澤穂信について書いてみる。
ミステリ作家で、黒牢城で直木賞を受賞している。
ぽんぽんと新しく書くタイプではないので、著作数はそれほど多くないが、出した本はすべて良質で、一つの本でいくつもの賞を受賞する。
僕は小説が好きで、どんなジャンルが好きなのか、と尋ねられれば「ミステリとか」と答える。
ミステリしか読まない人もいるが、僕はそうでもない。
ただ、一番読んだジャンルはミステリになると思う。
しかし実は、本気で面白い、と興奮して夢中になれたミステリ小説は、米澤穂信の作品だけだ。
もちろんそれ以外のミステリも、つまらなかったわけではないし、面白かった、と読後に思うことはあるが、米澤穂信を読んだ時のそれには及ばない。
綾辻行人のanotherはかなり面白かったので、あれをミステリに含めるならあれも、ということになるが。
もちろん僕の好みの話なのだが、米澤穂信のミステリ作家としての実力は間違いない。
米澤穂信は、人が死なないミステリと、人が死ぬミステリの両方を書く。
人が死なないミステリの方では、高校生を主人公としたものが多く、『氷菓』から始まる古典部シリーズ、『春季限定いちごタルト事件』から始まる小市民シリーズ、今日読んだ季節シリーズなどがある。
僕は米澤穂信の日常系ミステリが大好きなので、どれも好きだ。
特に、米澤穂信は短編ミステリが上手いと思う。
上手いというか、美しいとすら感じる極上の短編を書く。
長篇の時も、いくつかの事件を分けて連作短編のように書いたりする。
もちろん短編集も出しており、暗黒ミステリと呼ばれる『儚い羊たちの祝宴』や『満願』などは珠玉の名短編ばかりが詰まっている。
僕が一番好きなのは、古典部シリーズ最新巻『今さら翼と言われても』に収録されている『長い休日』という短編だ。
『やらなければいいことならやらない、やらなければならないことなら手短に』をモットーとする省エネ主義、悪く言えばものぐさな主人公、折木奉太郎のルーツに関わる短編。
古典部シリーズの探偵役である折木奉太郎は、自分からは何もやりたがらない面倒臭がり屋で、探偵役には珍しく、好奇心なんてないし謎解きもやりたがらない。
折木曰く『好奇心の猛獣』であるヒロイン千反田エルに腕を引っ張られる形で、いつも仕方なく推理する。
『長い休日』では、千反田に『やらなければいいことならやらない…』とはいつから言い始めたのか、と尋ねられ、折木が小学生の頃の話をする。
二人で神社の掃除をしながら、折木がぽつぽつと語る様子は、それだけで何とも言えない趣があり、その小学生にはちょっとビターなエピソードがたまらなく良い。
ミステリの要素も簡潔で鋭く、伏線の張り方も秀逸だ。
ビターといえば、米澤穂信の作品も嫌ミス、読むと嫌な気持ちになる、嫌な読後感が残るミステリをそう言うのだけれど、これが多い。
僕は基本ハッピーエンドが好きなので、なぜ小説を読んで嫌な気持ちにならないといけないのか、と思うのだが、米澤穂信の嫌ミスは、なぜかとても良い。
ハッピーな終わり方では決してないけれど、あまり嫌な気持ちにはならない。
古典部シリーズなんかは、ちょうど良い塩梅で、生きていれば誰もが何かしらの形で経験する嫌な気持ち、やるせなさ、切なさ、みたいなものを主人公達もまた経験し、悩むのを観て、ちょっと救われたり、応援したくなる。
チョコレートで言えば、75%ぐらい。
もしも米澤穂信を知らない人で、これから読んでみたい人には、個人的には古典部シリーズの最初の『氷菓』をおすすめしたい。
米澤穂信のデビュー作でもある。
秀逸な短編が読みたいなら『満願』、恐ろしくも美しい短編が読みたいなら『儚い羊たちの祝宴』をおすすめする。
歩いた距離:2km