大月町
大月町は四国の南西の端にある。
四国の中でも辺境にあるこの町は、日本有数の海の綺麗さを誇る。
何も無いが、そこが良い、とどこかに書いてあった。
道の駅大月を目指して、国道を3時間程歩いたが、その間、何も無い。
野菜の無人直売でもやっていないかと探したが、ない。
ほとんど山の中を道路が通っており、退屈極まりない。
道の駅がすぐそばに迫っても、その雰囲気がない。
実際に目にした道の駅は、古くあまり大きくもなく、最近よくある小洒落た道の駅からは程遠かった。
これは期待外れかな、ととりあえず椅子に座って休んだ。
道の駅大月
しかしこの道の駅は素晴らしかった。
何がすごいかって直売所だ。
野菜と鮮魚が安く種類も多く売られている。
魚には変わり種もあり、マグロの胃袋、マグロのゆで卵など、普通のものも、種類が多く、安い。
買いたかったが、今買っても夕食の頃まで持たないのでやめておいた。
野菜の種類も豊富で安い。
もちろんナスとピーマンもあったが、せっかくなのであまり買わないものを買った。
かぼちゃ、にがうり、オクラ、きゅうり。
どれも安い。
また、メロンが売っていて、よく見るマスクメロンもあったが、これはやはり高い。
一方でマスクのない全体が薄い黄色~黄緑の色をした小さめのメロンもあり、こぶし三つ分くらいのものが130円だったので買った。
日陰で休める椅子とテーブルがあって、綺麗なトイレがあって、スタンプがあって、直売所があれば、僕にとっての道の駅の必要は十分満たしている。
道の駅大月はとても良い道の駅だった。
柏島
道の駅で休んでから柏島を目指した。
柏島周辺の海は、サンゴが見られ、日本有数の魚の種類を誇る。
ここで泳いで魚を見るのだ。
歩くのも四日目となると疲労が溜まってくる。
疲れているところ、車から降りてきたおっちゃんにポカリとお茶を差し入れてもらう。
昨日も歩いていたら家から出てきたおっちゃんに栄養ドリンクを差し入れてもらった。
やはり四国の人は旅人に温かい。
太陽の方はもう少し冷たくしてくれてもいいんだけれど。
柏島に近づくと、海に浮きで囲いがしてあるのが整然と並んでいるのが見える。
タイの養殖をしているのだ。
この辺りはタイの養殖が盛んである。
柏島が見えてきた。
写真には写っていないが、何十羽という鳶が上空を旋回している。
豊かな海の魚を狙っているのだろう。
竜ヶ浜という浜が見えると、あまりの綺麗さに歓声を上げた。
とてつもなく美しく澄んだブルーだ。
人が泳いでいるその下、10mはあるのに海底がすっかり見える。
橋を渡って柏島に着く。
あまりの透明度に、船の影が海底に落ちている。
海岸はシュノーケリングの人達で賑わっていた。
ここで良かったのは、海岸の客達目当てに屋台などが並んでいないことだった。
そういったものは海を汚す。
ここには、シュノーケリングやダイビングの道具のレンタルやグラスボートはあるが、ゴミを出すような店は一つもない。
注意書きには、ここは海水浴場でもキャンプ場でもありませんと書かれていて、ルールが定められていた。
残念なのはここでテント泊するつもりだったのができなくなったことか。
厳密に言えば、僕の野営と普通のキャンプは違う。
キャンプが禁止されるのは、キャンプ客が夜まで騒ぎ、ゴミを残すからだ。
マナーの悪い客もいるし、そうでなくても、友達と集まってキャンプするなら夜遅くまで焚き火をして話すのは醍醐味である。
一方で僕の野営はとても静かだ。
ゴミも出ない。
たぶん僕が野営しても何も問題はないのだけれど、キャンプ禁止とされてしまうと、テント泊はできなくなる。
海岸に下りてザックを下ろし、服を脱いで海パンを履き、そのまま海へ。
それほど冷たくない。
水の中はエメラルドグリーン、海底に光の網がかかっている。
白い砂の上を白い魚が泳いでいく。
岩場には、色とりどりの南国系の魚。
60cmを超える魚が目の前を通り過ぎ、30cmの魚が岩の陰にいる。
心が躍る。
銛で突きたい。
波照間島を思い出す。
これほど美しい海を南の島以外で拝めるとは思わなかった。
いや、沖縄でもこれほど美しい場所はなかなか無い。
本州にこんなところがあるとは驚きだ。
沖縄の海に行きたいが、沖縄は遠すぎるという場合、ここにくれば良い。
まあ、今は格安航空会社があるから、住んでいる場所によっては四国の辺境たるここと沖縄ではかかるお金も時間もトントンかもしれないが…
海から上がって、とりあえずテントを張る場所を探しに行った。
ついでに酒屋に酒を買いに行く。
この暑さで酒盗が食えなくなる前に、食べ切らねばならない。そのためには酒がいる。
目星をつけた海岸はキャンプ禁止で、ちょっと困った。
酒屋には高知の酒もいくつか置いてあり、ダバダ火振もあった。
しかしまた同じのを買うより変えた方が良い気がした。
しかしあまりお金も使えない。
散々迷った末、一昨日道端で500円拾ったことを思い出し、でかい酒瓶に手が伸びたが、結局300mlの土佐鶴にした。
土佐鶴は、たぶん高知でもっともメジャーな日本酒で、高知ならどこにでもある。。
どこにでもありすぎて面白みが無く、今まで買っていなかった。
しかしメジャーということは美味いということだ。それにまだ飲んでいない。
土佐鶴を買って、店の主人に事情を話して野営できそうな場所を聞いた。
海岸周辺はキャンプ禁止になっているが、そこ以外なら、空いている土地でテントを張る人はいるし、そこまでうるさくないと思う、と教えてくれた。
それだけ分かれば十分だ。
店を出た後、すぐに店主が出てきて僕を呼び止めた。
「これ。気をつけてな」
と言ってロイヤルミルクティーをくれた。
店の売り物ではないだろうか。
すぐに飲む。
口の中に甘さが広がり、自然、笑みが浮かんだ。
ありがとう。
海岸への道すがら、人が数人海にカメラを向けているから何かと思ったら、2頭のイルカが海面に飛び出した。
野生のイルカだ。こんな浅い所に。
急いでそこまで行く。
イルカはいなくなってしまったが、周りの人はカメラを構えるのをやめない。
「そろそろかな…」
誰かがつぶやく。
イルカが呼吸のためにまた浮かんでくるのを待っているのだ。
そして、またイルカが2頭連れ立って出てきた。
3回ザブンザブンザブンと出てから潜ってしまった。
スマホの充電が無かったのでアップでは撮れなかったが、目にはしっかり収めた。
海岸に戻る。
日は傾き、雲がかかっている。
風が吹いて涼しい。
橋の下の影でロイヤルミルクティーを飲み、裏返った麦わら帽子に投げ込む。
帽子にはロイヤルミルクティーと土佐の緑茶が入っている。
どちらも人からもらったものだ。
オカリナが吹きたくなった。
『いつも何度でも』を吹いていると、誰かが合わせて鼻歌を歌っている。
気分が良くなってさらに何曲か吹いた。
野営場所を探さねば。
浜はすべて駄目。
正確にはキャンプ場があるのだが、金を払う必要がある。
結局、空いたスペースを見つけてそこに決まり。
海岸に戻ってまた泳ぐ。
ここの海の美しさは、地元の人達が守ってきたものだ。
この美しさを利用して金を稼ごうとすれば、きっとこの町は栄える。
けれど海は汚れていく。
そのことを地元の人達は知っているのだ。
勘違いしてはいけないのは、町が栄えなくても良いとは、きっと思っていないことだ。
四国の田舎に来て、そこで食事や宿を金で買わずに、自分の力で『生活』してきた僕は、今なら田舎の不便と言うものがよく分かる。
そして、『便利になった』と喜ぶ人の気持ちもよく分かる。
スーパーがあった方が便利だ。
図書館があった方が便利だ。
ユニクロやTSUTAYAがあると助かるし、ショッピングモールがあれば生活はもっと楽になる。
けれど、栄えるために海を汚す選択を徹底的に排除してきたのだ。
だからこの海がある。
ブータンという国がある。
この国は国民の幸せを第一に考え、幸福度で世界一を目指し、実現した画期的な国だ。
この国は貧しい。
ブータンに対して、この国の人達が自分たちを幸福だと思っているのは、豊かな暮らしを知らないからだ、もし先進国の豊かな生活を送れば、元の生活を幸せとは思えなくなる、と嘲笑する意見を聞いたことがある。
幸福なのではなく、そう勘違いしているだけ。無知なだけ。
そうかもしれない。
そうかもしれないが、そうじゃないのだ。
ブータン人は、自分たちが金銭的に貧しいことを知っている。
そして彼らは、『先進国のような暮らしを送れば現在の暮らしが十分とは思えなくなるかもしれない』ということを、きっと知っている。
思うに、何かを知るということは、それ以前より賢くなるということを、意味しない。
何かを知ることで、余計に物事が分からなくなったり、変な方向に行ってしまうことは往々にしてある。
本当に大切なことを知っていて、けれど何かを知ることで、その大切なことを忘れてしまいそうな時、その何かを遠ざけ、無知であろうとするのは、知恵だ。
ブータン人は先進国のような豊かな暮らしを知らない。だからこそ先進国よりも豊かな暮らしをしている。ということを知っている。
四国で様々な人に会った。
目の前の川には農薬や除草剤がたくさん流れているから汚いのだ、昔よりゴカイが取れなくなった、昔はここ一面に海藻が広がって栄養豊かだった、と語りながら、便利になった、今は何でも店で買える、昔は甘味なんてないからサトウキビをそのままかじったんだ、お菓子なんてないから川の巻貝を茹でて爪楊枝で取り出して食べたんだ、今は何でも買える、便利になった、と喜ばしそうに語る人がいた。
地元の小さな砂浜を丁寧に手をかけて守り、僕が浜と海の綺麗さを褒めると、我事のように照れる老人がいた。
四万十川源流部で見た移住者を募るポスターには、『自然が好きならここが一番。四万十川で生まれ四万十川で育ったわしが言うんやき、間違いない』といったことが、四万十川の自然に笑顔で写る老人と共に書かれていた。四万十川で産まれ四万十川で育ったこの人は他の土地を知らないから、比較ができないため、この言葉は論理的におかしい。でも僕はこの人の言葉がおかしいとは思わなかったし、それどころか素晴らしい言葉だと思った。
四国は、田舎が多く、それだけに自然が美しく残っている。
同時に不便さもそのままで、人々は暮らしている面がある。
香川県は発展しようとしているし、しつつある。
四国一の田舎である高知県は、自然を守る方向に力を入れて、発展を抑えている。
両者に住む人の気持ちも、その県の方向性に近いものがある。
発展したいと思う住民の気持ちを、僕は否定できない。
それは当然の欲求なのだ。
便利さを知れば、知ろうとすれば、それは止まらない。
けれど、だからこそ、不便さの中で、それでも地元の美しい自然を守るために、無知で居続けようとする人々の暮らし方を、僕はとても尊いと思うのだ。
何も無いが、そこが良い。
言い訳みたいに聞こえていた言葉が、美しく感じられた。
群れをなして泳ぐ小魚を追いかけ、ハリセンボンにちょっかいをかけて、寒くなってきたので上がった。
酒盗で土佐鶴を飲む。
飲みやすくて美味しい。
道の駅で買ったメロンを切る。
中身も黄緑色で、ちゃんとメロンの味。
甘くて美味しい。
種から皮まで全部食べられた。
皮に近づいても不味くならない。
だから可食部は結構多い。
これで130円ならメロンはこれで良い。
最後にオカリナを吹いて海岸を後にした。
にがうり
夕方、橋の上から海を眺めていると、群れをなすイカ、大きな魚影が見える。
また、背中に水玉模様のマンタが悠然と泳いでいった。
豊かな海だ。
夕食はにがうりとかぼちゃを煮物にしたのだが、これが美味かった。
まさかにがうりをこんなに美味いと思う日が来るとは。
夏野菜美味い。
歩いた距離:24km