山へ
ようやく海岸線の旅から山の旅に入る。
海岸線の旅と言っても魅力的な浜や磯はあまりなく、埋立地がほとんどだったからつまらなかった。
山に入ると峰々の形を眺める。
やはり中国地方と違って急峻で山が高く見える。
だんだんと暑さが和らいできた今、山に入ることでさらに暑さは軽減された。
気持ちの良い散歩だ。
子供
「どこから歩いてきたんですか?」
コンビニでザックをおろした時、小さな子供から声をかけられた。
小学一年生ぐらいだろうか。
随分と純真な目で、大人が可愛がる子どものお手本のようなゆっくりとした口調だ。
「奈良です」
いつも丁寧語のため、子供相手でもとっさに丁寧語が出た。
「奈良」
復唱する少年。
「そう。奈良。分かるかな?」
「奈良……」
もう一度覚え聞かせるようにつぶやくと、少年はたたたたっと車の方へ駆けていった。
車の方から「奈良だって」「奈良ぁ!?」と声が聞こえる。
なるほど。親に遣わされた子であったか。
以前親に遣わされて僕に食料をくれた子供もいた。
コンビニのトイレで水を汲んで戻ってくると、また同じ少年が来た。
「なんで日本一周してるんですか?」
このゆっくりした口調は、親に言い含められた言葉を復唱しているんだな、とその時気づいた。
小さいのに丁寧な言葉遣いだと思った。
「うーん……日本中を旅して回りたいから、だね」
「旅……」
少年は復唱するとたたたたっと車に戻り報告する。
プロテインを水に溶いて飲む。
今回の抹茶味はなかなかいける。
するとまた少年がやってきた。
「いつから歩いてるんですか?」
「えっとね……4月の終わり頃、4月25日だったかな」
「どのくらいかかるんですか?」
「それは……日本一周全部で? それともここまでどのくらいかかったかってこと?」
聞き返すと少年は少し戸惑って考えていた。
「え〜と、じゃあ、ここまでどのくらい歩きよったんですか?」
お。方言が出たな。
(他人が)歩く、を歩きよる、する、をしよる、と言うのは、四国などでもよくある方言だ。
「ここまでは、5ヶ月ぐらいだね」
「5ヶ月……」
復唱して、少年は車へと戻っていった。
車の方から5ヶ月、4月、と聞こえる。
ちゃんと伝えられただろうか。
少年よ、大人にも物怖じせず話しかけられるその社交力、順調に磨くといい。
僕もガキの頃から丁寧語で大人と話す社交力はあったが、中学に上がる頃からコミュニケーション能力が徐々に低下し、大学受験生時代には話そうとしてもとっさに声が出ない重度の状態にまで陥った。
人は喋らないと喋る能力を失うのだ。
その後、彼らはコンビニから立ち去り、僕も歩き出した。
途中でこの人たちとは全く関係ない別の車から、追い抜きざまに子供の声で「頑張ってー!」と聞こえた。
僕自身はお世辞にも良い子とは言えないクソガキだったので、そのイメージでガキはうざいものと思っていたが、子供に応援されるのも良いものだな。
少年少女よ、そのまま素直に真っ直ぐ生きるといい。
間違っても僕みたいになってはいけないよ。
道の駅
香春と書いて、『かわら』と読む。
道の駅香春に着いた。
じゃがいもが安い。
北海道産ではなく地元近くで取れたようだ。
よしよし。これからはじゃがいもも安く買えるわけだな。
ここは泊まれそうな道の駅ではなく、元々次の道の駅まで歩く予定だったので、ザックを上げて歩き出した。
道なりに歩いていたら、曲がるべき場所を素通りしていたようで、結構無駄に歩いた。
しんどかったがようやく道の駅おおとう桜街道に着いた。
この道の駅には子供が多い。
人が歩いているそばを走り抜け、地面に設置された低い看板を奇声を上げながら飛び越える。勢いのまま階段を駆け上がり、反転。階段を下りる勢いのまま奇声を上げてまた看板を飛び越える。
その先には少年の両親がゆったり歩いてきていて、少年は何事もなかったかのように彼らと合流して歩き出した。
あ〜、うん。こうだよな、ガキって。僕もそうだった。
道の駅に入ると、突然前から走ってきた子供とぶつかりそうになり、とっさに半身をずらして避けたが、子供は僕が避けなければぶつかっていたことにすら気づいていないようでそのまま走り抜けていく。
たぶん頭の中では風になっているのだろう。
そうそう、こういう感じだよ。
さっきの純真な目の子供の方が稀なのだ。
まあ、元気に育てよ。ニッポンの未来を背負う子どもたち。
間違っても僕のようになってはいけない。
さて、ニッポンの未来を放りだした不審人物は、今夜テントを張る場所でも探すとしますか。
この道の駅、温泉があるのだけど、到着が遅かったから入る気にならなかった。
ま、これから大分だし、温泉に困ることはないだろう。
夕食を作っていると、「何してるんですか?」と聞こえた。
振り向くと高校生ぐらいの青年だ。
どうやら僕を注意しに来た怖い大人ではないらしい。
純粋に何をしているのか聞いているようなので、「調理です」と答えた。
だから、なんでこんなところで調理してるのかって聞いてんだよ、などと言うこともなく、青年は「すげぇ」と言う。
テーブルの上のカレールゥの箱を見たのだろう。
「カレーですか?」
「そうです」
しかもただのカレーじゃない。
ジャワカレースパイシーブレンド。
スーパーで売っているカレールゥの中では一番辛いと思う。
僕はカレーは辛ければ辛いほど美味いと思っているイカレ野郎なのでこれが大好きなのだ。
「すげぇ」
青年の横に、同世代くらいの少女が並んだ。
少年に対して少女というのに青年に対する女性を指す言葉がなく、なし崩し的に少女になっているのはどう考えてもおかしいと思う、が今はどうでもいい。
「すごーい」
何がすごいのかよく分からないが、強いて言うなら不審行為を堂々とやって平然としている面の厚さだろうか。
褒められることでもないので、
「まあ、ただの不審人物ですよ」
と本当のことを言っておいた。
が、本当のことを言っただけなのにまるでヒーローが「ただの通りすがりですよ」と言うようなセリフになってしまったのが痛い。
まあ、二人して笑ってくれたからいいか。
公園のそばに十個ぐらい並んだ木のテーブル席のうち、僕から5個ぐらい離れたところに青年少女が談笑していた。
さっきの2人はこの3人の中だろう。
たぶん未成年だけど、こんなところまでツーリングだろうか。
夜中に未成年者だけでツーリングなんてイカしてるなぁ。
こういう青年が増えた方が、日本は良い国になりそうだと思った。
歩いた距離:32km