昨晩のことである。
四方見展望台から鳴門の夜景を楽しんだ後、夕食用の米を火にかけようとした。
コンロは、作動しなかった。
少し前にコンロ、SOTOのmukaストーブだが、これが動かなくなった。
ジェネレーターという部品に問題があると考え、分解して直そうとしたら、ネジが固まっていて金属部分がねじ切れたため、直せなくなった。
そこでジェネレーターの部品を買い、交換した。
これで直ったはずだったが、直した場所がスーパーの休憩スペースだったため、そこでコンロに火を点けるわけにはいかず、直っていることの確認はしていなかった。
昨晩がそれから最初の使用だったが、使えなかった。
どうやらジェネレーターでない方に問題があるようだった。
こちらの故障については直す方法は提示されておらず、本体の買い替えとなる。
これを買ったのは2年前だが、使用回数は20回に満たない。
正直こんなに早く壊れるとは予想外だ。
もうSOTOのmukaストーブは信用できない。
焚き火ができないことは多い。
コンビニの給湯器を利用した簡単な食事なら、火を使わない。
しかし、やはりコンロなしで旅を続けるのは難しい。
そこで、MSRのドラゴンフライを買うことにした。
これは液体燃料ストーブの中ではトップクラスの性能を持つストーブだ。
液体燃料ストーブを世界で初めて開発したMSRのモデルである。
MSRの液体燃料ストーブは複数モデルがあり、どれにするか悩んだ。
その際よく分かったが、液体燃料ストーブはガスストーブに比べ扱いにくい点が多い。
値段も高く、火力調節ができないものが多いし、嵩張り、音がうるさい。
その点、mukaストーブは比較的安価(それでも高い)で、音もそこまでうるさくないし、弱火はできないが火力調節もある程度でき、コンパクトに収まる。
ただし、故障に弱く、氷点下で使えない。
液体燃料ストーブの強みは、燃料を補給することでガス缶を買わずに使い続けられることだ。
そして今回買うことにしたドラゴンフライは、様々な液体燃料に対応し、氷点下の極寒条件でも作動する。
故障に強い。
さらに、液体燃料ストーブなのにとろ火から強火まで火力調節可能という画期的な性能である。
各方面から絶賛されているモデルだ。
嵩張るし、音が大きいらしいが、サイレンサーをつければ抑えられるらしい。
長年に渡り愛用していきたい。
考えてみれば、冬の北日本、北海道を歩くにはmuka ストーブではダメだった。
思ったより早かったが、いずれドラゴンフライに買い替えていただろう。
ちなみにMSRにはドラゴンフライより高いモデルがある。
こちらは、極地や海外の高山などかなりの悪環境にも対応し、故障もしにくいことが売りのモデルだ。
しかしドラゴンフライでも悪環境には強いし、火力調節が魅力的だったのでこちらにする。
mukaストーブでは弱火にできないので、米を炊く時必ず吹きこぼれていた。
ひょっとすると吹きこぼれたとろみのある水がコンロに詰まったのが故障の原因かもしれない。
昨日は米が炊けず、夕食は食べられなかった。
今朝も余っていたお魚ソーセージを食べたのみ。
30キロの荷物を背負って歩くのはエネルギーがいるが、まともに食べていないので活力がでない。
いつもより疲れるのが早い。
頭がぼーっとする。
世界中のダイエット中のみんな、僕にカロリーを分けてくれ、と念じながら歩いた。
鳴門大橋の手前まで来た。
しかし渦潮の見頃までまだ時間がある。
そこで6キロ先のコンビニまで歩くことにした。
途中、荷物は鳴門大橋の手前に置いてくれば良かったと何度も思った。
片道6キロだから往復12キロである。
コンビニに着くと、超大盛のペヤングと食パンを一斤買い、ペヤングをその場で食べた。
暑さで分離しているマヨネーズをかけると美味い。
マヨネーズは脂肪つまり高カロリーだ。
これでまた歩ける。
コンビニから戻るうちに、次第に気分は回復してきた。
途中、海岸にワカメが打ち上げられているのが目に入った。
鳴門はワカメの産地である。
鳴門わかめは激流に揉まれて育ち、他のワカメとは格別して美味いらしい。
そして、鳴門ではワカメには漁業権がかかっており、勝手に採ってはいけない。
それは当然のことで、鳴門では天然のワカメを採取して売ることで生計を立てている人がいる。
外から来た人間にワカメを採られて、売る分がなくなっては困るのだ。
しかし、である。
ここに打ち上げられたワカメを拾って売る人がいるだろうか。
あり得ない。
そんなことがバレたら非難轟々である。
当然彼らは岩について元気に揺られている生きているワカメを採って売っているのだ。
自然にちぎれて海に漂い、打ち上げられたワカメに商業価値はまったくない。
いわばこれらのワカメは落ちこぼれなのだ。
そこで、僕の心に声が響く。
「隊長! この誰に食べられることもなくただ海岸で腐っていくだけの哀れな海藻達を、私が拾って腹に収めたとして、誰かに責められるいわれはあるのでしょうか!」
「否!断じて否である!しかし隊員、このあちこちに羽虫がたかっている半乾きのワカメを喰らって、貴様が腹を壊したとしても、完全に自業自得であるぞ!」
「もちろん!全て承知の上であります、隊長!」
というわけで、僕は落ちこぼれワカメの救済活動を始めた。
さすがに写真の場所のワカメは汚くて食べられそうもなかったので、岩に打ち上げられているものを匂いを確かめてから海水で洗ってジップロックに詰めた。
さらに、良いサイズのマツバガイがいくらでもいたので、マイナスドライバーで採って集めた。
鳴門大橋手前に戻ると、ちょうど干潮の時間帯で、渦潮を見るのにちょうど良かった。
渦潮をすぐ下に見られる『渦の道』は入場料が510円とられたが、渦潮が楽しみだった。
渦潮の仕組みが解説された看板があった。
非常に面白い。
満潮時に太平洋から満潮が来て、淡路島の西と東に別れて満潮を引きおこす。
この時、東側に入った満潮は、ぐるりと淡路島を反時計回りに進み、約6時間後に鳴門海峡にやってくる。
しかしその間に鳴門海峡は干潮になっているので、この海峡の北と南で満潮と干潮がぶつかる。
結果、北と南で1.5mもの落差が生じ、2つの潮流がぶつかる地点で激しい流れが生まれ、渦潮となる。
実際に渦の道を歩いてみると、その説明がよく分かる。
上の写真は2つの潮流の境目だが、落差があるのが分かるだろうか。
まるで川のようになっている。
これは、海ではおよそありえないことだ。
海で落差が生まれることなど普通はないのだから。
この不思議な潮流は海底の様子と合わさり、渦潮を生む。
一つの渦潮は10数秒で消えてしまうが、次々と新しい渦が生まれる。
壮大で美しい光景だった。
渦の道では、安全面に配慮され、落ちることはできないようになっているが、渦潮のそばの風を感じられるように、フェンス状の壁になっている。
また、所々床が透明になっていて、すぐ下の荒れ狂う潮流が見える。
金を払う価値はあった。
ただ、渦の道は鳴門大橋の途中で止まっており、淡路島まではつながっていない。
よって、淡路島に歩いていくことはできないのだった。
そんな馬鹿な。
確かに歩いて渡れるとネットに書いてあったはず。
そう思って調べ直すと、年に数回だけ開催されるツアーで、普段開放されていない管理用通路を歩いて淡路島に行く企画があるらしい。
淡路島に歩いていくにはそれしかない。
そしてそれは今やっていない。
というわけで、淡路島一周計画は始まる前に終わりを告げた。
歩いていけると思ったから行こうとしたのであり、交通機関を使って行こうとまでは思わない。
淡路島には、一度行ったこともあるし。
鳴門大橋の手前には、展望台が二つあって、どちらからも良い景色が見えた。
売店に入ると、おばちゃんが特産品の説明をして売りつけようとしてくる。
「ワカメ。ワカメが鳴門の特産なんよ。ほんと美味しいから鳴門に来たら一度は買って。今が一番美味しい。一年中売っとるけど、一番美味しいんが今の時期」
ワカメの旬は一般に3月から4月だ。
5月初旬の今は、ワカメの美味しい時期と言って間違いはない。
しかし僕は曖昧な笑みを浮かべて「はあ」と言うことしかできなかった。
まさかさっき採ってきたからもういらないなんて言えるはずもない。
売店にあるワカメは僕が採ったものより美味しそうに見えた。
実際、プロが一番良い場所で一番良いタイミングに採って綺麗に袋詰めしてあるのだから、そうに違いない。
しかしちょっと高かった。
鳴門金時なるさつまいもも進められたが、こちらも高い。
結局何も買わず、おばちゃんが新たな客に説明を始めた隙にさっと売店を出る。
まったく旅行者の風上にも置けない野郎である。
しかし僕は旅行者と浮浪者を足して2で割ったような存在であり、純粋な旅行者ではないから許してほしい。
公園のベンチでオカリナを吹いた。
これからどうしようか。
公園を下りた先のバス停に座って考える。
まず、明日の行き先を決めて、ドラゴンフライの届け場所を決めよう。
そう考えたのだが、届け先をどこに設定しても届けられないと出る。
どうやら、ドラゴンフライは火気厳禁の危険物に該当するらしく、コンビニなどでの受取ができないようなのだ。
となると、これは店で買うしかない。
調べると、ドラゴンフライの取り扱いがある店は、この辺りだと徳島市と高松市のみ。
近いのは徳島市だが、戻るのは嫌だ。
高松市に行くには3日程かかるが、それまではコンロなしでやるしかないだろう。
歩いて、砂浜の前の休憩所まで来た。
ここには鳴門海峡の歌が石碑に刻まれており、スイッチを押すと歌が流れる。
コンビニに行った時に通ったので、スイッチを押すと、流れてきたのは演歌だった。
演歌で海峡だから仕方ないのかもしれないが、津軽海峡冬景色を思わせた。
そこで、徳島と高松の両方の店に在庫確認をしてみることにした。
ドラゴンフライの公式サイトから取扱店として調べたが、今あるかは分からない。
それほど心配せずに電話をかけた。
両方なかった。
取り寄せにどのくらいかかるか聞くと、少なくとも一週間はかかりそうだった。
2週間かかるかもしれなかった。
誰かがスイッチを押したことで、向こうから歌が聞こえる。
つらすぎる〜♪ つら〜すぎる〜♪
つらすぎた。
一週間もあれば高松を越えている。
しかしその後予定通りに歩くと山に入るので、その前にはコンロを手に入れておきたい。
つまり待たないといけないのか?
しかし、さすがに2週間も待ってられない。
そこで思いついたのが、wwoofで泊めてもらう家に届けてもらうという方法だ。
元々考えていたホストがちょうどいい所に住んでいるので、うまくいけば全て解決する。
さっそく連絡した。
3日後には着くので、3日後とお願いしたが、さすがに急すぎて受け入れてもらえないかもしれない。
まあ、それは仕方ない。
ダメなら別のホストに連絡するしかない。
服がそろそろなくなりそうなので、汚れた服を洗って干すことにした。
ちょうどこの砂浜海岸は広く、テントも張れそうであるし、今日はここまでとする。
ここにもマツバガイがいたので採っていく。
今日の夕飯はマツバガイの炊き込みご飯と鳴門ワカメのみそ汁にしよう。
調子に乗って捕りすぎたかもしれない。
炊き込みご飯に使う分と残りは刺身にする。
そこらで流木を集め、大きめの石を2つ用意する。
2つの石を隙間を開けて置き、鍋を乗せる台にする。
その間の砂を掘っておく。
砂浜に生える草の枯れたものを集め、くしゃくしゃにして石の間に置く。
マッチでこれに火をつけ、上から細い木の枝から順に太いものを足していく。
火が安定したら調理を始める。
何度もやってきた動作だ。
鍋に水とマツバガイを入れ、火にかける。
しばらくするとマツバガイが殻から外れる。
鍋を火から下ろし、殻と身を取り出す。
貝出汁たっぷりの茹で汁に水につけておいた米を入れ、水を足して調節する。
さらに醤油で味をつける。
炊き込みご飯の味付けは、炊く前の状態で、スープだったら少し濃いぐらい。
火にかける。
マツバガイの刺し身はとても美味しい。
身を殻から外し、内臓と触覚を取る。
塩もみしてぬめりを取る。
網目状に切り込みを入れる。
出汁醤油につけて食べる。
マツバガイなどを採って料理するのは、友人達とよくやった。
一人こういうことに詳しい奴がいて、ほとんどそいつの知識だ。
口を開けば神経を逆撫でするようなことしか言わないひねくれたやつだが、魚介の知識と料理の腕だけは信頼できる。
出来上がった料理はどれも美味かった。
炊き込みご飯は貝出汁がよく出ている。
これに一味唐辛子を振るとまた美味い。
アウトドアスパイスほりにしをかければ何でも美味くなる。
ワカメは普通に食べられた。
臭いなどの問題は一切ない。
鳴門ワカメが他のワカメと違うかと言うと、確かにシャキシャキした食感が美味しい。
これは今まで食べてきたワカメにはなかったものだ。
マツバガイの刺し身はいつも美味い。
マツバガイの良い所は、大体どこにでもいて、マイナスドライバーさえあれば簡単に採れて、美味くて、雑魚なので漁業権がかかっていない所だ。
夕食が終わると、体を拭いて寝る。
今日は色々と想定外の出来事があったけれど、良い日だった。
歩いた距離:21.3km