朝から左足に痺れるような違和感があり、今日はどうしようか…とうじうじしながらテントを畳んだ。
葛城山はこの旅で文字通り最初の山だ。
標高は959mと高くも低くもない感じだが、景色が良く人気の山なので歩きやすく整備されていて入門者もよく来る。
僕も何度か登ったことがあるし、その先の金剛山まで一緒に歩いたこともある。
しかし今は荷重はともかく左足の痛みと腿の筋肉痛が気がかりだった。
悩んでいても仕方ないので、よいしょと決めて登ることにした。
初めの10mほどで腿の痛みを覚え、大丈夫かなあ、と首を傾げながら歩いた。
とにかくゆっくり、何人に抜かされようと気にせずに、と言い聞かせて、えっちらおっちら歩いた。
腿が痛いので引き返そうかと何度も考えているうちに三分の一ほど登っていて、これをあと2回やるだけならいけるか、とそこからは楽観的になれた。
ちょっと歩いては止まり、少しでも休めそうなら腰を下ろし、気づくと結構登っていた。
山頂付近でこんな昔話を見つけた。
婿洗い池という名前の由来の話
昔葛城山を水源とする村は、水が足りずに争いが絶えなかったそう。
ある時水を得るため、土地神様を怒らせて雨を降らせようと、ありがたい石を壊して池に沈めたらしい。
その時どういう訳か、外から婿養子として来た男を一緒に池に投げ、荒縄でゴシゴシ洗い半死半生の目に合わせた。
それからこの池は婿洗い池というらしい。
いや、本当にどういう訳なんだ。ひどすぎるだろう。
理由が伝わっていないところがまたリアルだ。
ひょっとすると、婿養子の結婚相手に懸想する性悪の男が彼を嵌めたのではないか。
そんなことを考えていると山頂に着いた。
葛城山なんて普通の山なのに、あまりに嬉しくて両腕をあげて喜んだ。
もう昼前かと思ったら8時40分だ。
金剛山も行けるかもしれない。
その前にオカリナでも吹こうか。
オカリナを吹いてから出発すると、埼玉から登山に来ている夫婦に声をかけられた。
背中の『歩いて日本一周中』を見てのことだ。
「頑張ってください。応援してます」と言われ、とても励みになった。
こういうことがあるだけでも、やはり背中にぶら下げた価値がある。
木の板を買って彫刻刀で彫って色をのせてニスを塗ってとなかなか大変だったのだが、その甲斐はあった。
葛城山から金剛山へは水越峠という峠を通るのだが、この峠まで大分下る。
縦走登山の良い所は少し下ったり登ったりするだけで次々と山頂が踏める所にある。
それなのにぐんぐん下るので、「まだ下るのかあ」と気が滅入る。
もちろん、下った分登らなければならないからだ。
今回は両方踏んでおいた。
ゆっくり歩いていると、それほど疲れずに金剛山に着いた。
左足が少し傷んだが、このくらいなら大したことはない。
やっぱり登ると決めて良かった。
次は千早赤阪村に向かうが、ちょうどいい泊地がなさそうなので、金剛山キャップ場を利用することにした。
金剛山山頂でも泊まれそうな場所はあったが、人が多い場所であるし、テント泊がどのくらい許容されているか分からない。
その上水をあまり使わないようにと書いてあることもあり、キャンプ場にした。
久しぶりに人目を憚ることなく、好きにテントを張れる。
暗くなるのを待って人目を避けてテントを立て、見つかったら何か言われないかとびくびくしながら炊事をするのもなかなかストレスなのだ。
金剛山キャンプ場はちはや園地の中にある。
設備は一通り整っていて、道具の貸し出しも充実している。
その上無料で金剛山の自然や動植物について学べる小さなミュージアムもある。
屋根のある炊事場、屋根の下にテーブルと椅子に並ぶ食事スペース。
あちこちから鳥の声が聞こえる。
とても良い場所だった。
これで500円だから安い。
ちはや星と自然のミュージアムでは、歩いている時に何度も声を聞いたが、名前が分からなかった鳥が判明し、なかなか面白かった。
受付では、予約した時に電話対応してくれた女性が事務作業をしていて、僕が入ると声をかけてくれた。
こういう所でのんびり働くのも楽しそうだ。
暗くなるまでまだ時間があるが、人目を憚る必要がないので、もう食事にしてしまおう。
お腹が空いた。
今日はぐっすり眠れそうだ。
…まあ昨日も一昨日もぐっすり寝ているのだが。