夜中、ふと意識が浮上して、ポツポツとテントを叩く雨音を聞いていた。
全身の疲労を感じて、このまま明日は雨だといいなと思い、再び眠りに落ちた。
目が覚めると、体のあちこちが筋肉痛やら何やらでバキバキで、このまま今日は眠っていたかった。
すがる思いで天気予報を確認すると、くもりのようで、がくりと肩を落とした。
雨だと行動しなくていい理由は、テントにある。
僕は基本的にテントで野宿をしている。
しかし大っぴらにテントが張れる場所は限られていて、もちろんテント禁止と書かれている所は避けるけども、そうでなくても、そもそもテントが想定されていない場所に張ることが多い。
その場合、夜暗くなる直前にテントを張って、朝早くに撤収することで、問題になることを回避する。
今回テントを張った場所は、雨だとほとんど人は来ないと思われたので、雨であればテントを張ったままにして休めたのだ。
実際にはくもりだったので、重い腰を上げて撤収し、歩き始めた。
少し歩くと、腿の上部、腰のすぐ下の筋肉が悲鳴を上げて、左足のくるぶしも痛むため、この日葛城山を登るのは無理だと分かった。
そこで葛城山手前の公園に泊まることに決めて、歩いて行ったのだけれど、公園の利用時間が決められていて、泊はできなさそうだった。
ちょうどそのタイミングで雨が降り出した。
屋根と椅子、テーブルだけの休憩所で、雨宿りしながら、しばらくオカリナを吹いていた。
オカリナを自由に吹けたのは良かったけれど、だんだんと寒くなると、気持ちも冷えてきた。
雨だというのに、公園にはちらほらと人が来る。
子連れの家族や老夫婦が楽しげに歩いていく。
しばらくするとみんな帰っていく。
僕もここで泊まることはできないから、痛む足でここを去らなければならない。
ここにはいられない。けれど、行くべき場所もない。
天気予報を見ると、夕方まで雨、と予報が変わっていた。
最近は天気予報が外れてばかりいる気がする。
こんなことなら、テントを撤収せずに道の駅で休んでおけば良かった。
3キロ程先に、葛城山登山口手前の休憩所があって、テントが張れないこともなさそうだった。
道の駅まで戻るのもせっかく進んだ分がもったいなくて嫌だったので、こちらを目指すことにする。
まだ昼過ぎだったため、図書館に寄ることを考えた。
気分が沈んでいて、図書館に行ってもどうせ一冊読み切るほどの時間は無いなどと後ろ向きなことばかり考える。
迷った末、図書館に行くことにした。
図書館の中は暖かく、人はまばらにいた。
誰も座っていない椅子と机が三つ並んでいて、一番奥の椅子のそばにザックを下ろして、椅子に座った。
脱力して、落ち着く。気分も落ち着いた。
やはり、図書館に来て良かった。
横に目を向けると、『伊坂幸太郎』の文字が目に入った。
最近、伊坂幸太郎にはまっている。
伊坂幸太郎の欄には十冊程の本があり、その中の『アイネクライネナハトムジーク』を手に取った。
ちょっと前に「伊坂幸太郎 おすすめ」で検索した時、連作短編集として紹介されていて、面白そうだと思っていたのだ。
読み始めて、すぐにのめり込んだ。
ついさっきまでの憂鬱な気分は気づけば吹き飛んでいた。
内容が面白かったのはもちろんだけれど、小説を楽しむには読む側のコンディションが大きく関わっていると思う。
僕の場合、アウトドアで疲れていたり、雨などで気分が落ち込んでいる時に、小説が特別素晴らしいものに思える。
伊坂幸太郎は、家族や特に父や母を魅力的に書くのが上手いと思う。
伊坂作品には変人もよく出てくるし、彼らも良い味を出しているのだけれど、なんでもない平凡な人、特に父親や母親の立場の人物が出てきて、彼らが実は豊かな魅力を持っていることが描かれる。
アイネクライネナハトムジークにも何人も魅力的な登場人物が出てくる。
とても良かった。
惜しむらくは、最後まで読めなかったことだ。
残りページは僅かだったのに、図書館の閉館時間が来てしまい、最後まで読めなかった。
足の調子からして明日はお休みにするだろうから、また図書館に行けばいい。
このまま良い気分で今日を終われたら良かったのだけれど、図書館から今日の泊地までの道が思いのほか大変で、しかも着いてみるとあまり堂々とテントを張れる場所ではない。
こんなことなら道の駅に戻れば良かったと、今後悔している。